オープンなボードカルチャー
私が社外取締役兼監査等委員に加わって3年が経ちました。この間、監督者の立場から見て評価できる点は、取締役会、そして社内取締役が社外取締役の意見を真摯に受け止め、説明責任を果たす姿勢を常に示してきた点です。質疑に際しては必要な資料が準備され、丁寧な説明がなされる。寺田CEOも、自ら必要と判断した情報を積極的に報告しており、透明性の高い議論を可能にしています。これらは単なる対応ではなく、当社のオープンなボードカルチャーの礎になっています。
この1年間での大きな変化は、社内と社外取締役の構成比率が、これまでの「5:4」から「5:5」に変更された点です。社外取締役の発言が増え、社内取締役も厳しい質問が出てくることを前提に、より準備を尽くす。結果として、建設的かつ緊張感のある議論を通じた健全な監督が機能しています。特に新任の代田取締役は、投資や経営経験に裏打ちされた事業に対する具体的な提言や鋭い指摘等によって、議論の活性化に寄与しています。また、2025年8月には古森茂幹氏が社外取締役として加わり、グローバルIT企業での豊富な経験とソフトウエア、データ領域の専門性によって、取締役会のスキルバランスはさらに強化されました。
当社は監査等委員会設置会社として、社外取締役5名のうち、3名が監査等委員、2名が非委員です。監査等委員はリスクを念頭に置いて監督、監査を担う機会が多くある一方で、非委員の社外取締役は、事業推進の視点から専門性に基づく助言を行います。この2つの役割が相互に補完し合うことで、役会の監督機能は「守り」と「攻め」の両面からより実効的に発揮されています。
1年間の取締役会議論の振り返り
この1年間を振り返ると、最も重要な議題の1つはUnipos株式会社の株式の売却でした。資本業務提携による効果が想定通りに出ない中、売却先交渉が進みそうな段階から、取締役会で議論をしてきました。特に「特別損失を計上してまで売却すべきか」という社外取締役からの論点を起点に、売却しない場合に想定されるシナリオと、保有を続けた場合のリスクシナリオを整理した上で、慎重に検討を重ねました。議論は3~4か月にわたり、取締役会の議案審議の枠に限らず、CFOから監査等委員に対して丁寧な説明が行われました。こうしたプロセスを通じて、社外取締役も売却方針の妥当性を確認し、承認に至りました。
本件は金額的なインパクトというよりは、投資判断の適切性を検証する契機となりました。私たち監査等委員を中心に、投資方針や運用のあり方をどう見直し、改善すべきか、継続して議論しています。目的は投資を抑制することではなく、より実効性のある基準を設けることにあります。投資先に関しては半期毎の報告で概況を把握しつつ、撤退のタイミングや基準を明確にする提言も念頭に、前向きに投資方針をアップデートしていきます。
また、この1年は「Bill One」の成長戦略や生産性向上についても多くの時間を割きました。執行陣からは、営業人員の戦力化による生産性の改善見通しが提示されましたが、社外取締役からは、「営業力の強化に留まらず、販売手法やサービスそのものの改善余地についても検討すべき」との問題提起を行いました。
取締役会を離れた場での活動
当社では、取締役会の活性化や取締役のトレーニングを目的に、取締役会終了後、30~40分間のフリーディスカッションの場を設けています。2024年5月期には、「時価総額1兆円」等の将来を見据えたテーマを議論しました。2025年5月期には、事業上の指標であるNRR (既存顧客における売上高雄持率)やマジックナンバー(顧客獲得コストと収益の関係を測る指標)等を分析し、もしこれらを社内で重視するKPIに採用したら、どのように事業成長に活かせるかを議論しました。このKPIに関する議論は、取締役会の現状を何らかの指標で見た時に足りていない点は何か、といった問いにも発展し、社外取締役による監督機能の実効性を高める上でも有益でした。また、代田取締役からは米国のフィンテック企業の事例が紹介され、当社が取り入れるべき点を学ぶ機会ともなりました。今後は、取締役会で審議する前段階の投資判断についても議論する場としたいと考えています。
さらに、2024年5月期から始めた社外取締役による執行役員面談を継続しました。今回は私だけでなく、監査等委員の3名全員が参加し、それぞれの専門性に基づいた質問を行いました。これにより面談は一層活性化し、現場が抱える具体的な課題を捉えることができました。結果、事業についての理解が深まり、現場と取締役の視点のずれや一致も把握でき、それが「Bill One」の生産性議論において営業面に留まらない改善余地を指摘する問題提起にもつながりました。現場の視点を社外取締役にインプットすることで、取締役会での議論はより多角的となり、ガバナンスの実効性を高めることができています。加えて、次世代のリーダーと直接意見を交わすことは、将来的に指名報酬諮問委員会での議論にも活かせると考えています。
監査等委員会及び指名報酬諮問委員会
監査等委員会の委員長として、適法性と妥当性を監督するために、各監査等委員の専門性を最大限発揮できるようリードすることを私の責務と捉えています。そのために、3名で適切な情報を共有し合うことを常に意識しています。例えば、この1年間でマネジメント体制に変化が生じた際には、当社がマネジメント層に求める基準が明確ではないのではないかと監査等委員会として問題提起しました。この点は、毎年実施している寺田CEOとの面談の場でも確認し、基準の明文化や育成制度の見直しの必要性等について直接意見を交わしました。
指名報酬諮問委員会は、2025年5月期から社内取締役が大間CHROの1人となり、私を含む社外取締役3人との計4人で構成されていましたが、2026年5月期からは、社外取締役のみで構成されており、客観性と独立性を一層強化できると考えています。設置からまだ日が浅いものの、この1年間は、指名及び報酬の内容に踏み込むよりは、決定プロセスの合理性を確保する観点を重視してきました。当社では寺田CEOの発言力は大きいものの、それが悪影響を及ぼしたと感じる場面は現時点で見られず、決定プロセスに問題がないことを委員会として示すことに、大きな意義があると考えています。将来的には、指名や報酬の内容にも踏み込み、必要に応じて外部専門家の意見も取り入れる等、最適な制度設計を検討していきます。
当社の強みと課題
当社にはいくつもの強みがあります。長年にわたりアナログ情報のデータ化に取り組んできたことで蓄積されたノウハウ、そしてそこから生み出されるサービスは大きな資産です。また、成長を実現しながら、継続的にキャッシュを創出できる力は、監査等委員からも「さらなる成長に結び付く基盤」と評価されています。一方で、そのキャッシュをいかに投資へ振り向け、持続的な成長につなげていくかは今後の重要な課題です。この点については、社外取締役がそれぞれの知見や経験を活かし、多様な視点から議論し監督していく必要があります。
さらに、当社が年初に掲げた「AIファースト」は、短期間でサービス開発や業務効率化を大きく進展させました。そのスピード感は当社ならではの競争力であり、創業からここまで成長してきた推進力や原動力の延長線上にあると考えます。AI活用によって人材採用方針も見直されており、変化を即座に経営に反映する柔軟性も強みです。
一方で、業務のAI代替が加速する先に、予期せぬ弊害が生じる可能性も否定できません。社外取締役としては、この点を継続的に監督し、必要に応じてリスクを指摘していく責任があります。コロナ禍で進んだリモートワークが一定の揺り戻しを経験したように、AI活用による業務の代替についても、同様の局面が訪れる可能性も想定し、注視していきます。
強固なカルチャー
当社は創業以来、全社員で繰り返し議論を重ね、企業理念そのものを見直し、アップデートしてきました。理念を継続的に対話しながら見直してきたプロセスこそが、当社カルチャーの土台となっていると感じます。2024年以降もパーパスに関する議論が進んでおり、その中では「出会いからイノベーションを生み出す」というミッションを、「Bill One」や「Contract One」にも適用すべきかどうかといった根源的な議論も行われています。
築いた土台に安住せず、自ら疑い、必要ならば変革を検討する姿勢は、常にマーケットを意識して本気で挑戦する当社カルチャーの象徴です。社外取締役としても、この柔軟かつ真剣な姿勢は、事業成長を生み出す当社の強みであると捉えています。今後もそうあり続けられるよう注視していきます。
ステークホルダーの皆さまに向けて
名刺管理サービスから始まった当社は、現在では、営業や経理、法務の分野へと事業領域を広げ、さらに「AIファースト」を掲げて新たな価値創出に挑戦しています。この強い意志を社外取締役全員で支えながら、同時に中長期の視点から事業成長の方向性を厳しく問い、必要な指摘や意見を投げかけています。こうした監督を通じて、持続的な企業価値の向上に責任を果たしていきます。
社外取締役/監査等委員
(監査等委員長・指名報酬諮問委員長)
鈴木 真紀