かつてない変化の時代をリードする ―
生成AIの進化によって激変する事業環境
私たちの社会は今、非連続とも言える速さで進化を続ける生成AIによって、これまでに見たことのないような大きな変化のさなかにあります。当社を創業して今年で18年になりますが、これは、過去に経験したことのないすさまじい事業環境の変化だと捉えています。
2022年のChatGPTの登場以降、さまざまな場面で生成AIを利用してきましたが、特にこの1年の進化には目覚ましいものがあります。例えば、私は朝を思考の時間に充てているのですが、プロジェクトにおいて分からないことがあると、以前はSlackで社員に質問し、返信を待ちながら自分の思考を深めていました。しかし今は、社内の情報に依存しない内容であれば、まずはAIに問いかけるようになりました。AIは即座に答えを返し、その内容を基に再び問いを重ねることができる。このスピードは、時に私の思考が追いつかないほどです。さらに、社内情報をAIが活用できる環境に整えたことで、この流れは一段と加速しました。必要な情報をすぐに引き出し、検討を深められる環境が整ったのです。
わずか1年でここまで変化するとは、想像もしていませんでした。このような今、目の前で起きている大きな変化を同じような感覚で捉えている方も多くいるでしょう。OpenAIの創業者サム・アルトマンは「2026年までにAIが複雑なビジネス課題を解決できるようになる」と語り、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは「今ではとある分野における最も興味深い研究課題は何かをAIに尋ねる同僚もいる」*1 と話しています。生成AIが最終的にどんなインパクトを社会にもたらすのか。それはまだ、誰にも予測できません。予測が立たないという点では脅威も感じますが、私はこの生成AI時代は、当社にとって非常に大きな事業機会になると確信しています。
*1【ユヴァル・ノア・ハラリ × 宇多田ヒカル】 AIの進化と創造性 (2025年7月13日 NewsPicks)
2025年のテーマ「AIファースト」
当社では毎年、その年の「テーマ」を年初に掲げています。これは単なるスローガンではなく、会社全体の取り組みの方向性を示すものであり、当社のカルチャーにおいて大きな意味をもちます。
2025年のテーマ「AIファースト」を決めたきっかけは、2024年秋に実施した海外IRロードショーで米国の機関投資家が言っていた「2025年はAI元年になる」という言葉でした。生成AIは既に日常的に利用していたため、当初は「今さら元年なのか」と感じたものの、それを機に振り返ると、生成AIの技術は連続的に進化しており、気付けばコストが1/1000にまで下がるような非連続な変化が起きていることを改めて認識しました。この認識こそが、「AIファースト」を掲げる決断につながりました。
2025年は、生成AIの進化と可能性に会社として正面から向き合い、実際の行動に結び付ける。その姿勢を示すために、経営陣との議論を経てこのテーマを設定しました。例年、年初の営業日には、私がその年のテーマに沿ってスピーチを行っていましたが、2025年は、それを簡潔に留め、約2,000人の全社員で一斉にAI研修を行うことからスタートしました。全社員が同じ日にAIに触れることを仕事始めとする。まさに「AIファースト」を象徴する取り組みだったと思います。
その成果はすぐに現れ、2025年5月には、社員の生成AI利用率が99%に達しました。今では、「仕事で生成AIを使うのは当たり前」だと全社員が口を揃えます。各部門で培われた効率的な活用方法は、月2回の全社会議で共有され、ナレッジの横展開によって、AI活用のレベルも高まり続けています。
生成AI時代とも言えるこれからの社会では、AIに任せられることをAIに委ねることで、組織の生産性を飛躍的に高めることができます。当社においても、生成AIの活用が浸透したことで、これまでの人材採用戦略を一部見直し、採用人数を抑える方針に転じました。生成AIの進化によってこうした判断を下すことになるとは、1年前の私は思ってもいませんでした。
生成AIが拓く事業機会と当社の独自性
生成AIを事業機会としてどう取り込むか。この問いに経営者として真正面から向き合い、改めて当社のビジネスモデルと強みを見つめると、当社は極めて稀有なポジションにあると感じます。
生成AIを企業が最大限に活用するための出発点は、「何を学習させ、何を推論させるのか」、つまり、どのようなデータを与えるかにあります。それは言い換えれば、企業内に散在するさまざまな情報をいかに正確にデータ化し、そのデータを構造化して文脈を含めて活用できる状態に整えるかが、一丁目一番地だということです。
しかし実際には、名刺はもとより、商談メモや契約書、請求書といった企業活動の中で生まれる多くの情報はアナログかつ非構造のままで放置されがちです。当社は創業以来、こうした情報の正確なデータ化と構造化に挑み続け、データ化そのものを目的とするのではなく、ユーザーが日々の業務を効率化するためにサービスを自然に利用し、その結果として高品質なデータが継続的に蓄積される独自の仕組みを築いてきました。例えば「Sansan」では、名刺のスキャンからデータ化、さらにその活用までを一貫して提供し、利用の度に企業の資産としてのデータが増えていきます。
多くのサービスが「データ化のオペレーション」か「データを活用する機能(ソフトウェア)」のいずれか一方の提供に留まる中、私たちはこの両者を不可分な形で統合し、1つのプロダクトとして提供してきました。この仕組み自体が当社の圧倒的な強みであると同時に、各サービスが今後、生成AIに接続できる基盤にもなっていくという点で、今後の事業成長を加速させる原動力になると確信しています。
この独自のビジネスモデルを生み出し、磨き続けてきた根底には、「世の中にない新たな価値を生み出す」ことにこだわる当社のカルチャーがあります。目の前の課題をどう解決し、新しい価値を創出するのか。そのために自ら問いを立て、プロフェッショナルとして挑戦し、成長を続ける風土が根付いています。私はこのカルチャーを誇りに思っていますし、これこそが当社の独自性を長期的に支えてきたものと捉えています。
持続可能な成長を実現するための課題とリスク認識
当社は、短期的なビジネストレンドだけに依存した一過性の成長を追うのではなく、我々だからこそ解決できる課題に正面から取り組み、独自の価値を磨き続けてきました。その結果として、社会の変化や技術の進化と呼応しながら、新たな市場を創出し、持続的かつ力強い成長を実現しています。
この姿勢は、外部環境に左右されやすいトレンドに依存する戦略とは一線を画すものであり、当社の成長の特徴でもあります。私たちは「波に乗るのではなく、波を起こす」というアプローチで、我々だからこそ生み出せる唯一の価値に向き合い続けてきました。そうした挑戦こそが、力強い高成長を継続することへつながると確信しており、その実現に向けて、投資と挑戦を続けています。
例えば「Sansan」は、名刺を紙のまま管理することの煩わしさや、社内で情報共有されていないことによる営業の非効率性という、私自身が長年感じ続けてきた課題を起点に立ち上げました。その結果、自ら創造した市場でシェア84.1%*2 を占めるまでに成長し、今なお10%台後半の売上成長を着実に続け、国内で最大規模のARR*3 を有するソフトウェアへと発展しています。「Bill One」は、インボイス制度の開始や電子帳簿保存法の改定、さらにはコロナ禍による働き方の変化といった外部環境の追い風も背景に急成長しました。しかし、その本質的な成長の源泉は、紙やデジタルを問わず煩雑な請求書処理という普遍的な課題を解決している点にあります。
こうした成長を持続的に強く続けていく上で、私たちが常に最重視しているのがセキュリティです。オペレーションを強みとするソフトウェアを提供する以上、それを「セキュアに、安全に、正しく」運用し続けることには、企業として極めて大きな責任を伴います。当社では体制やルールの整備に加え、全社員に個人情報保護士の資格取得を義務付けているほか、セキュリティ教育の徹底や第三者機関認証の取得等のあらゆる対策を講じることで、リスクの最小化に取り組んでいます。
*2 営業支援DXにおける名刺管理サービスの最新動向2025(2025年1月 シード・プランニング調査)
*3 Annual Recurring Revenue(年間固定収入)
2025年5月期の総括
2025年5月期を振り返ると、売上高は前年同期比27.5%増の432億円、調整後営業利益*4 は同108.0%増の35億円となり、Eight事業は通期での黒字化を達成しました。会社全体での調整後営業利益率は過去最高の8.2%を記録し、中期財務方針の初年度として、順調なスタートを切ることができたと考えています。
しかし正直に言えば、私自身は常に「もっとやれたはず」という思いが上回ります。「Bill One」は着実に成長しましたが、より生産性を高め、さらなる高みを目指したかったという気持ちがあります。それは、「Sansan」についても同様です。
この1年はAIに真正面から向き合い、新サービスや機能開発等、成長のためにさまざまな角度から手を打ってきました。手を抜いたつもりは一切なく、未来を見据えて、確かな手を打てたと感じていますが、それでもなお、より力強い成長を成し遂げたかったというのが本音です。
2026年5月期は、「AIファースト」と掲げた通り、カギを握るのは生成AIです。AIを活用してコストを削減することはもちろん、それ以上に、広大な事業機会を捉え、売上高の大きな成長につなげていく。プロダクトへのAI実装を進め、新たな価値を創出することで、持続的な成長基盤を築いていきます。その上で、売上高は前年同期比22.0%~ 25.0%、調整後営業利益は同92.7%~143.0%の成長を見込んでいます。
*4 営業利益+株式報酬関連費用+企業結合に伴い生じた費用(のれん償却額及び無形固定資産の償却費)
ビジネスインフラを目指す ―
創業第4フェーズの展望
現在の当社の成長ステージは、創業から第4のフェーズにあります。このフェーズは、間違いなく「生成AIで成長するステージ」です。そして今、目の前にはこれまでにない規模の事業機会が広がっていると強く感じています。
生成AIを活用し、売上高を拡大すると同時に、コストの削減を図り、両輪で力強い成長を目指します。
多くの企業が業務効率化やナレッジ活用の手段として生成AIの導入を進めていますが、その多くは「生成AIをどのように使うか」というツールの視点に立ったものです。しかし、前述の通り、企業が生成AIやツールへ投資する際に、必ず直面するのが「データ」という課題です。生成AIの価値を最大化するには、自社固有の高品質なデータが欠かせません。
先に述べたように、例えば、「Sansan」では18年以上にわたり、「誰が、いつ、誰と接点をもったのか」「どのような会話があったのか」「部門や役職毎のキーパーソンとの関係」といった、企業活動における膨大な接点情報を蓄積してきました。
このような基盤を最大限に活かし、ユーザーが自社の生成AIと「Sansan」を必ずつなぎたいと思える状態を目指します。顧客のニーズと私たちが描く未来像を掛け合わせて新たな価値を創出し、企業のAI投資が自然に当社サービスの利用へと結び付く構造を築き、新たな収益源へと変えていきます。
長期ビジョン
以前の統合報告書では、100年先の当社の未来像として、「上場企業」「ITサービス」という相対的な位置付けをもちながらその領域で絶対的な存在感を示す、オリジナリティにあふれた企業になりたいと申し上げました。しかし今は、100年先よりずっと手前の3年後の社会ですら、生成AIの進化によってどう変化しているのか、予測が難しい時代になっていると感じています。
例えば、目の前で起きている変化を積み上げていくだけでも、AIが若手の知的労働業務を代替していく可能性は極めて高いと考えられます。その結果、これまで若手が経験を積み、シニアへと成長してきたキャリアパスが崩れ、組織構造の空洞化を招く懸念があります。これは、未来の組織設計や社会構造を根本から変える要因になり得ます。
かつて「Software is eating the world(全てがソフトウェア化する)」という言葉がありましたが、今はまさに「Al is eating the world」で、あらゆる領域がAIに取り込まれていく時代だと感じています。この変化の先には、資本主義という企業活動の前提ですら存在しているか分からないほど、社会全体が誰も予測し得ない形に変わっていくかもしれません。
こうした変化の中でも変わらないのは、データの重要性だと私は思っています。生成AIに質問する場合でも、一般的な情報より、自社固有のデータに基づく回答の方が圧倒的に有用です。そして、この「固有のデータを価値ある状態で提供する」ことこそ、ビジネスインフラを目指す当社の役割です。ユニークなデータを活用可能な形に磨き上げ、よりシャープに提供し、付加価値を高めていくことで世界を変えるような新しい価値を生み出し続けていく。そのために、これからも変わらずイノベーションを積み重ねていきます。
企業理念
変化の激しい時代にあって、私たちが何を軸に行動するのか。この軸をぶらさないために、企業理念とカルチャーは極めて重要です。
企業理念は、最終的には経営陣が責任をもって定めるものですが、一方的に決めるのではなく、全社にカルチャーとして根付かせ、育んでいくプロセスこそが大切だと考えています。そのため、創業以来、MVV(Mission Vision・Values)に関する議論を複数回実施してきました。さらに2024年からはパーパスに関する議論を開始し、1年以上にわたり、延べ5,000時間以上をかけて、全社員、マネジメント、経営会議メンバーとレイヤー毎に濃密な議論を重ねる等、大きな投資を行ってきました。パーパス議論においては、「見えにくい未来になっているからこそ、変わらない価値観を共有する」ための取り組みであると捉えています。この継続的な対話の積み重ねが、自分たちの価値や意味を抽象化して捉え直す力となり、当社らしいカルチャーの土台を築き、先の見えない時代におけるサクセッションの基盤になっていくと考えています。
このカルチャーは、意思決定のスピード感やぶれない軸につながっています。また、「ビジネストレンドに乗って儲かりそうだから」という理由だけで、新規事業やサービス開発を行わないことにもつながります。独自の価値を生み出し、それをビジネスに変え、サービスとして広げていく。この姿勢に迷いはありません。独自の価値にこだわり、ぶれないことが組織全体に当たり前のカルチャーとして浸透していることが、当社の強みです。
CEOとしての役割
CEOとして私に課された最大の使命は、旗印となるミッションとビジョンを強く示し続け、成長をけん引し続けることです。私には、徳島県神山町に設立した「神山まるごと高専」の理事長という肩書もありますが、その学校を率いる中で、学校経営と資本主義に基づく企業経営の違いについて考えるようになりました。教育は成果が目に見えにくい一方、企業経営は、事業モデルが異なっても売上や利益、時価総額といった共通の物差しで比較できる、ある種の清々しさがあります。だからこそ、結果で示し続けることが私の責任です。
そのため、私は毎朝の思考時間で、その時点での最重要課題や戦略アジェンダを絞り込み、「今日は何をすべきか」を明確にしています。小さなことでも毎日積み上げていくことで、やがて大きな成果につながります。CEOとして、その積み重ねを絶やさず、成長を実現し続けることが、何よりの使命だと考えています。
サステナビリティの取り組み
「事業活動を通じた自然環境の保全」という重要分野のマテリアリティのオーナーとして、この1年間の取り組みを振り返ると、「気候変動問題への対応」と「自然資源の効率的活用」の両面で、前進がありました。
当社サービスが担う名刺・請求書・契約書のデータ化は、紙資源の利用削減を通じて環境負荷を直接的に低減しています。これは、当社の事業成長そのものが社会のサステナビリティ課題の解決に直結していることを示すものであり、最も大きな環境貢献です。
気候変動への対応では、2025年5月期に、再生可能エネルギーの利用を前提としたビルに本社オフィスを移転したことで、当社の温室効果ガス排出量の削減が一段と前進しました。また、提供サービスを通じてデータ化された名刺や請求書等の書類が、1本の木から製造できる枚数に達する度に必要な地域に植樹するプロジェクト「Scan for Trees」を推進し、2025年6月までに、累計で2万本を超える木を植樹しました。
ステークホルダーの皆さまに向けて
事業を成長させ、企業価値を高めることこそが、ステークホルダーの皆さまへの最大の還元につながると考えています。特に資本市場の皆さまに対しては、2025年5月期の通期決算において、東証のガイダンス「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の枠組みに沿った、当社の考え方を整理してお示ししました。私自身も国内外の機関投資家との対話を通じて得られる、資本市場での評価や意見を経営判断の参考にしています。時の首相が支持率を無視しないのと同じように、私も常に株価を意識しており、それはまるで、毎日体温計で体温を測るかのように欠かさず確認しています。
AIの進化によって当社サービスの重要度はより一段と高まっています。この好機を確実に捉えるべく、成長の手を打ち続けてまいりますので、ステークホルダーの皆さまには、引き続き変わらぬご支援を賜りますよう、心よりよろしくお願い申し上げます。
代表取締役社長/ CEO / CPO
寺田 親弘